「赤ちゃんに『説明する』」ことの意味

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助産師16年&母乳育児支援者&一児の母。助産師の仕事の中でも特に母乳育児支援が好きで、たくさんの母子の母乳ライフのお手伝いをしてきました。 「『母乳だけ』も混合栄養も全部母乳育児」という思いで、母乳育児を科学的な視点+リアル感覚の両方から解説しています。趣味は子ども服作り。

先日の「赤ちゃんの授乳拒否!これって乳頭混乱?解決法は?」で解決の選択肢の1つとして「赤ちゃんに『おっぱいから直接飲んでね』とお話しする」と書いて、これって真意が伝わるのかな…とモヤモヤしてました。

話の内容が十分に理解できないだろう人に説明することの意味について、まとめてみます。




「赤ちゃんに説明する」は無意味なのか?

乳頭混乱にせよ、乳腺炎にせよ、赤ちゃんとの生活でのトラブルについての相談を受けると、私はだいたい3~4つくらいの提案をします。

そして、その提案の中には必ずと言っていいほど「赤ちゃんによくお願いしてみてはどうですか」というのが含まれます。

この提案はけっこうな確率で「は…??」といった感じでキョトンとされることが多いです。

きっと「言葉の分からない赤ちゃんに、私の気持ちや大人の事情を話しても仕方ないのでは?」というお気持ちなんだと思います。

言葉が十分しゃべれない&理解度が十分でない(であろう)赤ちゃんへの説明は意味のないことなのでしょうか。

私は「伝えようとする熱意や誠意は伝わる」と考えています。

赤ちゃんも大好きな人に繰り返しお願いされたら、応えてあげたいと思うもの。

そもそも赤ちゃんはいつもお世話をしてくれる人のことが大好きだと言われていますし、私もそう考えます。

そんな大好きな人が、繰り返し繰り返し真剣に何かを使えようとしたり、お願いしてきたら、私たち大人も「分かってあげたい」「応えてあげたい」と思いますよね。

赤ちゃんは言葉や表現の1つ1つが理解できなくても、「何かお願いされている感じ」は分かると思いますし、実際にそうして繰り返し説明して、うまくできた時に「ありがとう!」と丁寧に伝えることができる親子では、体感的に問題解決がスムーズな印象があるのです。

赤ちゃんを「対等な一人の人間」として、「2人の(あるいは家族の)問題だから一緒に力を合わせて解決しましょうね」というスタンスでいることが大切なんだと思います。




赤ちゃんだけでなく、適切な認知ができなくなった高齢者でも同じようなことが言えると思う。

これは余談ですが、経度の認知症を発症している高齢者でも似たようなことが言えると感じます。(高齢者施設でも看護のお仕事をしています)

例えば、るい痩体型の方に「施設で出される白米は全部食べていいんですか?」と聞かれた時。

かなり痩せているんだから、答えとしては「いいですよ。全部召し上がって下さい。」これだけです。

…が、これだけではたいてい納得されないです。

  1. どうして白米の量が気になってるんですか?
  2. あなたのBMI(肥満度)はこれくらいですよ。(目の前で計算する)
  3. 厚生労働省の指針では、あなたの場合はこれくらいの栄養が必要です。(食事摂取基準を見せながら)
  4. だから、今お出ししている白米の量は適切ですよ。

ここまでするとようやく、「あぁ、そうですか。全部食べていいんですね。安心しました。」となります。

経度の認知症の方ですから②③は恐らくは完全には理解されていないと思いますし、その時理解してもしばらくすると忘れてしまうことがほとんどです。

でも、「自分の不安な思いを聞いてもらって、きちんと考えて応えてもらえた」という印象が「納得する」という結果につながるのだと理解しています。

大切なのは、「話の内容をどれくらい理解できるか」よりも「どれくらい自分のことを大事に思って向き合って考えてもらえたか」なんだと思います。

これは軽度認知症の高齢者での例えですけれど、コミュニケーションが十分で取れない赤ちゃんでも同じことが言えると私は思っています。




まとめ

「赤ちゃんに説明する」「赤ちゃんにお願いする」の意味について、私が日々考えていることをまとめました。

例え生まれたてホヤホヤであっても、「1人の意思や思いをもった人間」と認識すれば、

  • 問題解決する時には「赤ちゃんの力も必要ですよ。お願いしますね。」
  • 問題解決できた時には「一緒に頑張ってくれてありがとうね」

と自ずと思えると思います。